編集のえろい人と

その日、突如LEO@の仕事場に現れた編集の偉い人A(30代男)は、同行していた同じく編集者のB(20代女)を残し、LEO@の上司と別室に消えた。
暫くの沈黙の後、編集Bは微笑を浮かべながら言った。
「LEO@君は、アニメとか観るの?」
一見したところ普通のOLによる興味本位の質問に見えるが、LEO@はその奥に潜む黒い気配を見逃さなかった。
編集者など十中八九糞オタであり、なによりオタクとオタクのファーストコンタクトにおいてこの程度の探りは日常茶飯事なのだ。
そのためLEO@は突然の問いにも動揺する事無くこう答えた。
「ええ、観る事には観ますけど、今はあまり時間が無いですからね。話題作だけ押さえてる感じです。」
これはかなり模範的な返答だった。漫画業界に携わる者として、ある程度の知識は必要とされる。だが話題作だけ、と限定する事によって相手に「アニオタ」というレッテルを貼られるのを避ける事が出来るのである。
対人関係では第一印象が後々まで尾を引く事をLEO@は知っていた。そしてそれを知るまでに幾つもの苦い思いをしてきたのだ。
だからこそ彼は編集Bを侮っていた、少し粘ればすぐに尻尾を出すだろう、と。
しかしその甘い認識は、すぐに改めさせられる事になった。
「そうですよね、私もイノセンスくらいは観ようと思ってたんですけど、なかなか時間が取れなくて。」
編集Bはその整った眉根に少し皺を寄せ、言った。
それを黙ってを聞いていたLEO@は、背中を駆け上る寒気を感じずにはいられなかった。
"こいつ、ただの腐女子じゃねえな…"
そう、心の中で毒づく。だが、LEO@も社会人だった。社会人である誇りが、事務所で作り上げてきたポジションが、彼をなんとか踏み止まらせた。
「そうですね。今年は劇場公開のアニメーションがかなり多かったですからね。話題にもなりましたし。」
LEO@は爽やかな笑みすら浮かべて言う。
しかし実際のところ今の一瞬は彼にとって危険だった。
編集Bが事も無げにチョイスした「イノセンス」、これは非常に周到な攻撃である。ここで判断を誤り攻殻機動隊の話や、あまつさえ押井守の話などしようものならLEO@は深みにハマり負けていただろう。押井守に関して議論を深めていく上で「うる星やつら」は避けて通れないからである。同時に、「うる星やつら」について言及してしまえばその時点でジ・エンドだった。
だが、その技はLEO@には通じない。彼も並大抵のオタクでは無いのだ。
そしてここまでの彼は完璧だった。そろそろ編集Bはケリをつけるために渾身の一撃を打ち込んで来るだろう。そしてその時こそがLEO@の勝利の時となる。
言わば今のLEO@はハンターであった。茂みから飛び出した相手を仕留めるために、今は息を潜めている。
LEO@の返答にただならぬ何かを感じたのか、編集Bは少し悩むようなそぶりの後にこう言った。
「そういえば、文庫がアニメ化されたあれって何でしたっけ?」
LEO@は一瞬にして、話題を切り替えたこの問いが罠である事に気づいた。例えば「フルメタル・パニックですか?」等と言おうものなら編集Bは即座に「あ、それは知らないです」というような事を言いつつ、「まだラノベを読んでるのか、この糞厨房が!」と内心失笑されるのがオチである。
その点LEO@は抜かりなかった。
「あー、何でしょう。結構あったような気がしますよね。今年は。どんなやつですか?」
無難、その一言に尽きる。自らの言葉の中にオタ臭の香る単語は一つも無く、且つ相手から芳醇な一語を引き出そうとする罠すら潜ませてある。それはまさにネゴシエイターの手管と言っても過言では無かった。
次に編集Bが発する言葉が、彼女の被ったOLの皮を剥いでくれる事だろう。LEO@はそう確信していた。
「あれですよ、マリア様が…」
―――俺の勝ちか。
LEO@は「マリア様がみてる」という単語をこの仕事場で、初対面の男に向かって発してしまう事となる編集Bにやや同情すらしながら、そしてその後恥ずかしい自分に気づく編集Bに、あくまで紳士的に接しようと心に誓いつつ、彼女の紡ぎだすレクイエムに耳を傾けた。
マリみて、ですか?」
LEO@は耳を疑った。無意識のうちに自分がその単語を発してしまったのかとさえ思った。
だが、違った。
Tである。同僚のTが買い物を終え、事務所に戻ってきたのだ。
彼は恋人がいるにも関わらず、躊躇する事無く編集Bの隣に座り「マリみては俺も相当読みましたよー。アニメも観ましたー。マジ面白いですよねー。」等と妙に語尾を伸ばすいつもの調子で話し始めた。
馬鹿が、LEO@は胸の内でそう呟いた。
これでは気に入られるどころか、「空気の読めないキモオタ」という印象を与えてそれきりだ。
まもなく編集Bはドン引きし長い沈黙が訪れる、筈だった。
だが、それはいくら待っても訪れない。
それどころか編集BはTと何事も無かったように談笑している。時にマジ笑いしながら。「私も萌えっ子をスールにしたいですよ〓!」とか大声で言っている。
そうこうしているうちにTも萌え萌え連発し始め、LEO@が呆然としている内に「パンツはいてない」という言葉すら聞こえて来る。

…LEO@は勝った筈である。
アニオタだとキモがられる事も、空気が読めない男と思われることも無く、いつものポジションを今日も保ち切ったのだ。
それは間違い無く勝利。
LEO@は目の前でTが編集Bとメルアドを交換しているのを見ながら、「試合に勝って勝負に負けるとはこういう事でゲスね!オヤビン!」などと意味の分からない事を考えていた。

〓fin〓

昨日うたかたを観たので、その感想を書こうと思いつつもエースコンバットに思いを馳せていたら、こんなん書けました '`,、('∀`) '`,、